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客席の年齢層は総じて高め。
「いや、久しぶりだもなぁ。」
「みんな知ってる?」
「もちろん!知ってるさ。」
「俺たいていわかるよ。」
「あいつ、痩せたなぁ。」
「あ、こいつこいつ、メガヒットは無いけど良い歌を歌うんだよー。これが。」
「この人はこの曲でしょ?」
「この人はあれだよね。歌うかな?」
「こいつはやっぱりバラードだな。」
などなど、飛び交う声も弾んでいる。
心なしか場内の温度も上昇しているようだ。
そこへ喜瀬ひろし氏の滑らかなアナウンスが、いよいよの気分を唆る。
客席がほぼ埋まり、照明が落ちる。黄色い歓声や派手なペンライトはないが、始まりを知らせる喜瀬氏の背後をすり抜けてステージに着いたのは、シルエットからしてみのや雅彦。果たして高らかにオープニングが告げられると、割れんばかりの拍手が降り注ぐ中、「夢しかなかった」の力強い歌声が轟く。トップバッターにして最年少58歳!と、トークの滑り出しも上々で、話し出したら止まらない。爆笑する客席とは裏腹に舞台袖からはハラハラしながら巻きの合図が飛ぶ。限られた時間の中で、精一杯届けようとするのが伝わって来る。「百の言葉、千の想い」を情感たっぷりに歌い上げたところで喜瀬氏が五十嵐浩晃を呼び込む。「しゃべりすぎないよう」釘を刺され、みのやと五十嵐というトーク速射砲コンビによるステージが設けられ、贅沢にも「笑えないピエロ」「愛は風まかせ」をふたりのコラボで楽しむという幸福に浴した。
続いて五十嵐による「ディープ・パープル」。ところが歌いだしの一音から「あれ?」という気持ちが頭をもたげた。一段と艶やかで、伸びやかな高音がピーンと会場に響く。そういえばみのやもトップバッターの気負いというより、“届け!俺の歌”という思いがほとばしるような歌だった。さては今日の出演者、懐かしい仲間と和気藹々とステージを務める気なんかさらさらなくて、今日の自分、今日の一番を届けるために実は虎視眈々と、ここぞという瞬間をねらっているのでは?と思った瞬間から、居住まいを正してしまった。こちらの勝手な推測をよそに、五十嵐は余裕で会場のコーラスを誘い「ペガサスの朝」を聞かせてくれた。
25年前、何の屈託もなくただただ楽しんだ、第1回目の北海道音楽年鑑から、数えること8回目、実に18年ぶりのステージ開催を呼びかけてくれた、創始者でもあり、コミュニティーFM三角山放送局創業者の木原くみこさんは、惜しくも今年1月に急逝されたけれど、今夜のこのステージにどんな化学変化が起きるのか、楽しみにしていらしたに違いない。彼女の呼び掛けに応え、遺志を引き継いだ面々は喜瀬氏はじめ出演者もスタッフもベテラン揃い。何が起ころうと安心して見ていられる。
そこへすずき一平と倉橋ルイ子がステージにあらわれ、喜瀬氏と遠慮のないトークが始まる。次は澤内明のはずなのだが、どうやらリハーサルをすっ飛ばしてぶっつけ本番のステージをやるらしいことがすっぱ抜かれた。果たして登場した澤内氏、バックのギターのノイズがひどいので「この素晴らしき世界」を歌っている途中に「うるせえぞ!」と自分で突っ込みを入れてしまう始末。喜瀬氏が出てきてつなぐ。
渋い顔の澤内に
「何故リハーサルに来ないの?」
「ぶっつけ本番が一番いいんだよ」
「だからこういうことになるんでしょ」
「いやあ、リハーサルって大事だね」
というオチがついたのには笑った。
結局、急遽みのやのギターを借り、音楽年鑑とも縁の深い故、いなむら一志の思い出をひとくさり、彼が作ってくれた「夢でもいいのか」を万感込めて歌ってくれ、ひと際味わい深い感動に包まれた。
25年の間には鬼籍に入るものもいる。先の木原さんしかり、いなむら一志しかり、「花ぬすびと」の明日香の名前もあがっていた。それぞれの胸に去来する物があり、偲んだり懐かしんだりしながらステージは進んでいく。
続いて登場したのは倉橋ルイ子。身内のネタで笑わせながら「この愛に生きて」とレコーディングまで済ませていて、デビュー曲になるはずだったという幻のデビュー曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」を披露。紅一点らしく、ステージに彩りを添えてくれた。
再び登場した喜瀬氏と佐々木幸男のトークを挟んで、いよいよ山木康世、すずき一平、佐々木幸男による三の木トリオのステージが始まる。ギターを抱えた三人が、速射砲コンビとは打って変わった静かな語り口調で大人の会話をと思いきや、ここでもトークに腹を抱え、聞きに来たんだか笑いに来たんだかわからなくなりかけるのだが、そこはそれ、三人のギターをバックに山木が「ジャマイカの風」、一平が「雨の糸」幸男が「元気です」を歌うという貴重なユニットのパフォーマンスで会場を酔わせる。そして一平さんに水を向けられ、一平、幸男で「水鏡」「君は風」というスペシャルなコラボを披露すると、最後は三人でギターの音色も鮮やかに、「風来坊」をという感涙物の締めくくりとなった。
エンディングでは全員がステージに登場し、幸男さんの提案で会場も一緒に「虹と雪のバラード」を大合唱するという大団円を迎えたわけだが、歌ひとつギターひとつそれどころかトークひとつとっても、錆びつくどころか磨かれて、こなれて、醸された味わいで酔わせてくれるベテランたちに舌を巻く仕儀となった。
熟すとか醸すとかという言葉の中には、こんなに濃く深い味わいが眠っていることに改めて驚かされる。歌やギターの音色が瑞々しかったり、艶やかだったり、ソウルフルだったり、というのが変わらないどころか保っていることさえ凄いのに、さらにアップグレードしているというのが驚くべき点だ。歳月を重ねる中で、失ってしまうアーティストすらいるのに、この夜ステージに登場した7人にはそんな懸念はなかった。それどころか、だれにも負けない歌を届けるという気概までもが見てとれ、実は心の底のバトルが散らす火花を、端々に感じてしまった夜だった。
新たなページが書き加えられた北海道音楽年鑑に、次はどんなページが開かれるのか、五十嵐が「今後は若手も含めて開催するのもいい」と言っていたように、ジャンルを問わず北海道の音楽を応援するという、意志を受け継ぐ若手の登場が待たれる。次への期待をこめて、北海道音楽年鑑の行く末を見守りたい。
※画像左から(みのや雅彦、五十嵐、山木康世、倉橋ルイ子、すずき一平、佐々木幸男、澤内明)
(内記 規子)
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