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昨年開局50周年を迎えたSTVラジオが、同局内Sプラザを北海道の新しい音楽発信の拠点として、ここから新たな音楽を、文化を、何より世界に通じるミュージシャンを送り出そうと、月1回の公開録音ライブ“Sプラ THE LIVE”を始めた。STVラジオから全国に羽ばたいたアーティストや、同局が自信を持って薦めるアーティストを迎えて送る同ライブは、100数十名でいっぱいになるアット・ホームな空間で、ラジオを聴く様な距離感で楽しめると好評を博し、15回を数えるまでになった。今回はそのライブに足を運んでみた。
この2月11日、雪まつりの最終日にも関わらず、厳しい寒さの中開場数時間前から並んだり、遠く厚岸や旭川から駆けつけたファンも含め、場内に入りきらない客は局内ロビーに急遽据えられたスクリーンの前に陣取って、「イイ大人のバレンタイン直前スペシャルライブ」と銘打たれた、“Sプラ THE LIVE Vol.15”が開催された。
今回の出演は札幌在住シンガーソングライター佐々木幸男。そして五十嵐浩晃。さらに友情出演のみのや雅彦と、開場前から行列ができるのも納得の顔ぶれ。どうにか最後列に席を見つけ、開演を待ちわびた。思い返せば初めて佐々木幸男と会い、インタビューしたのは今はもうなくなってしまったSTVのコーヒーショップ、つまり現在のSプラザでそれこそ今回の会場となっている場所である。彼がデビューまもないころだから、かれこれ36年前のことになる。五十嵐にしてもみのやにしてもデビューからのつきあいだが、ここに至って感慨もひとしおとしみじみすることしばし。
ほどなくオープニングアクトの一人目、児玉梨奈が登場。紅一点とあって、精一杯ビジュアルも女の子らしく気を使ったと言いながら、司会の牧やすまさにうながされてステージ中央へ。旭川出身29歳。札幌を中心にライブ活動を続ける女の子は、ギターを抱えて弾きだすと、驚くほど素直な声で伸び伸びと歌いだした。ギターの弾き語りだが、聞き手のハートにまっすぐ届く温かな声は耳に心地良く、続く2曲目ではガラッとタイプの違った「うさぎ」という曲を披露。ノンジャンルのシンガーソングライターを目指しているだけあって、その曲世界はかなり広そうだ。ものおじしないステージングと声質の良さ、詞の独特な言葉選びとふり幅の広い曲想で自らを『不思議な・はみだし歌姫』と称するのもうなずける。
2人目は城太郎と書いて「しょうたろう」という釧路出身のアーティスト。高校卒業と同時に札幌へきてアルバイトしながらライブ活動を続ける26歳。MCの声からは想像もしていなかったハイ・トーン・ヴォイスで歌い出す。
このギャップも彼の魅力の一つに違いない。こちらもギターの弾き語り。MCも含めかなりこなれた様子で無事オープニング・アクトを務め終えた。
いよいよトップ・バッターの五十嵐浩晃の登場。ギター奏者を従えて、いつものようにトークの五十嵐か、五十嵐のトークかといった趣で客席を笑いの渦に巻き込む。しかしそこはやはり全国レベルのミュージシャン。「愛は風まかせ」「ディープ・パープル」と歌えば客席は一転静まり、聞き入る。彼の場合歌とトークの世界観がかけ離れているのが持ち味と言えば言えないこともないが、続いて登場した友情出演のみのや雅彦がさすがに突っ込みを入れるシーンには笑った。掛け合いトークの楽しさに時間の経つのも忘れる。そしてみのや選曲の(五十嵐+みのや)÷2=ユーミンという不思議な図式で導き出された、ユーミンの「卒業写真」を二人がデュエット(?)。
そこへ佐々木幸男が登場。今度は(佐々木+みのや)÷2=陽水というみのやの選曲で「新しいラプソディー」を佐々木、みのや両人が聞かせる。さらに(五十嵐+佐々木+みのや)÷3、ここですかさず五十嵐が「それはユーミンと陽水さんを足して2で割るということか?」と突っ込む。みのやの答えはチューリップということで、3人仲良く「青春の影」を披露。これこそ3人が顔を揃えたライブに足を運ぶ価値があろうというもの。トークの楽しさもさることながら、3人のアーティストの歌声を一緒に味わえる幸せはこういったライブでなければかなわない贅沢である。
みのや一人をステージに残していったん五十嵐と佐々木が引っ込む。とたんにマイクのボリュームが跳ね上がったかのように大音声でみのやのトークが炸裂すると、観客はただただ笑い転げるしかない。先輩の佐々木、五十嵐を持ち上げたり落としたり、あげく52歳の自分が一番後輩とはいえ若手とは!とぼやけば開場は大爆笑である。ラジオで磨いた話術は今も多くのリスナーのハートをつかんで離さないのだろう。友情出演ということで2曲歌ってひっこもうとするみのやを惜しむファンの声があがるほどだった。
そしていよいよ佐々木幸男の登場である。痩駆を黒いハイネックのリブセーターに包み、一層細くみえる。「Banana
Moonの片想い」でスタート。ぼそぼそしゃべるいつものスタイルながら、みのやや五十嵐のトークを受けて切り返す、思わずくすりとさせられる幸男トークにもひきこまれる。そしてこの日、司会の牧やすまさが絶賛していた「セプテンバー・バレンタイン」はライブのタイトルともあいまって、当日のステージのハイライトといってよい瞬間だった。ほろ苦い大人のラヴ・ソングはカカオ度高めのチョコレートのように、ゆっくりと溶けて沁み渡った。
ラストにもう一度みのや五十嵐両名が登場し、3人で「見上げてごらん夜の星を」を歌い、観客を十二分に酔わせた。
当日の客層はかなり世代が高め。この世代がリスナー層だとすれば、ラジオの制作者側より年齢層が上ということになろう。いわゆる北海道の音楽シーンが一番活気のあった70年代80年代ごろに青春を送った層ともいえる。往時を彷彿とさせるステージに観客の拍手も熱を帯びる。それぞれの胸に去来するものをかみしめるかのように、目元を潤ませたり一緒に口ずさんだり、頬を紅潮させながら一心にライブにのめりこんでいる人もいた。
こういうイベントを観て思うのは、一定の時間、空間を共有した人々の間に生まれる感動や興奮を、どう伝え、どう残していったらいいのだろうということだ。ここで終わりにしたくない、ここから育つものがあるに違いない。それこそが北海道の音楽シーンを育て、活性化する“something”なのだと。イベントの企画者たちの思いが伝わってくる。今夜のイベントのオープニング・アクトを務めた2人ともかなりの伸びしろを持っているのが見て取れる。こういうステージに上がるチャンスをものにして、大きく育っていって欲しいものである。それこそがこのイベントの企画意図でもあり、存在意義でもあるからだ。
(文:音楽ジャーナリスト 内記 章:2013年2月14日)
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