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ここのところ演歌の世界に一つのムーブメントを感じる。それは地方をブレイクポイントにして頭角を現す歌い手の存在である。
福岡出身の山内恵介が北海道のSTVラジオでレギュラー番組を持ち、根室の湖を舞台にした「風蓮湖」で一気に知名度を上げたのは記憶に新しいが、出身は静岡ながら同じくSTVラジオでレギュラー番組「松原健之 歌をあなたに」を持つ松原健之は、昨年吉永小百合主演の映画「北のカナリアたち」の公式応援歌「あなたに逢えて」でいっそう北海道との縁を深くした感がある。この5月1日には新曲「北の冬薔薇」が発売され、その週(4/29〜5/5)のオリコン演歌チャート3位にランクインする好調な滑り出しを見せた。
5月19日にZepp Sapporoで彼のコンサートがあるというので足を運んでみた。
“松原健之コンサートツアー2013”と銘打たれたこのツアーは、五木寛之原作の舞台オーディションに応募した縁で、五木氏の作詞による「金沢望郷歌」でデビューすることになった松原の第二の故郷とも言うべき金沢と、地元静岡、そして現在注目を集める札幌の三都市で開催され、その最終日のステージとなったのが5月19日というわけだ。
会場を埋め尽くす満員の観客は中高年齢の女性層がメインで、遠くは九州から駆けつけたファンもいた。いやがおうにも期待がふくらみ、ざわめきもさめやらぬステージに真っ白な衣装の松原が登場すると、割れんばかりの拍手と歓声。切ないラブソング「ときめきはバラード」からスタートするやいなや、会場は一気にうっとりモードに。「遠野物語」「瞳の奥まで」「雪」と抒情味たっぷりに歌い、合間にはラジオで鍛えたトークで観客をひきつけて離さない。会場はソフトな笑顔と巧みな話術に和み、高音が良く伸びる美しい歌声に酔い、はやくもどっぷり松原ワールドにひたっている。しめくくりには新曲のカップリング「思い出してごらん」を歌い第1部を終了。興奮冷めやらぬ観客の顔からは、時間の感覚がどこかへ飛んだようだった。
15分の休憩を挟んで、後半は美空ひばりメドレーからスタート。ボルドーの衣装が映える。1曲目の「悲しい酒」ではギター1本の伴奏で切々と歌いあげ、場内からは一節ごとに「上手い!」の掛け声が飛ぶ。「函館山から」に続いて「お祭りマンボ」では会場が一転してペンライトの波と化し大いに盛り上がる。まるでアイドルのコンサートのようだ。そして「津軽のふるさと」でしっとりとコーナーを締めくくった。
ここでもう一度衣装を替えると、新曲の「北の冬薔薇」を披露。こちらは久々の弦哲也作品だが、切ない女心が松原の声質で一層浮き立つ。以前のような声の良さに聞き惚れるだけでなく、情感をかきたてるような歌唱に松原の成長の跡が見て取れる。続いて「あなたに逢えて」を歌い「あなたに花を」では客席をまわり、一人一人とアイコンタクトしながら握手のファンサービスに観客も大喜び。「マリモの湖」、デビュー曲の「金沢望郷歌」ラストの「歌の旅びと」で拍手喝さいの嵐に包まれ、松原も喜びを隠しきれない笑顔で、何度もファンやスタッフ、バックバンドに感謝の言葉を述べた。
アンコールでは意外な選曲というべきか「オー・ソレ・ミオ」「見上げてごらん夜の星を」と彼の美声を存分に味わわせ、観客へのサービス精神と自身のチャレンジ精神をも伺わせた。
会場がコンサートホールではなくライブハウスだったのも、空気感をより密度の高いものにしていたように思う。普段ライブハウスに足を運ぶことのない層は、客席との近さや一体感の濃さにその感慨を一層深くしたことだろう。演歌の試みとしてライブハウスはキーポイントになりうることを証明してくれた。
彼とは私の番組へのゲスト出演や、HP上でのインタビューなどを通じ何度か話しているが、歌に対する姿勢にいつも何か一本芯の通ったものを感じたし、自分のスタンスを冷静に見据え、歌い手としてのビジョンを明確に持っているとも思った。北海道での人気が着実に伸びていることは、彼自身こういうコンサートの動員数やファンの反応から目に見える形で手ごたえを得ているだろう。その確信と自身が彼を歌い手として一回りも二回りもステップアップさせているのだろう。
大きなメディアに大量露出するのもいいが、こういう手応えの積み重ねが実は大事なのである。インタビューのときに彼と話したことがある。CDショップでのインストアライブやショッピングモールでのイベントなどで、直に感じてもらう歌のうまさや人柄などが、どれだけ人の心を揺り動かし、コンサートの大量動員につながるかを、肌で知っているというのは強みだと。ことに演歌ファンは本物を見極める目を持つ人が多い。それは怖さと厳しさも含んでいるが、同時に温かさと根強いファンに育つ可能性も秘めている。
昨今ではweb上のフォロワーの存在も見逃せない。彼のステージや出演番組は無論のこと、ブログのチェックも怠りなく、様々な形で松原を応援するファンがそれぞれの情報を提供したり、共有することで横に繋がっていく。彼の歌声が届くだけではなく、ファンの気持ちまでもが津々浦々まで拡散していく時代なのである。
すでに全国区の歌い手ではあるが、どちらかと言えば札幌や金沢に集中しがちな人気を今後あまねく浸透させていって欲しい。のびしろはまだまだあると思う。よりスケールアップしたステージで輝く松原を見たいというファンの期待に応えるべく、研鑽を積む彼に大きなエールを送りたい。
(文・音楽ジャーナリスト 内記章、写真・月刊TORA提供、2013年5月30日)
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